何千年もの間、世界最大の砂の島は、先住民であるバッチチュラ族のアボリジニ(Badtjala Aboriginal People)から「K'Gari」と呼ばれていました。バッチュラ語で「K'Gari」(カガリ)とはパラダイスを意味しました。
その後1836年にジェームス・フレーザー(James Fraser)船長に率いられた帆船スターリング・キャッスル(Stirling Castle)が難破しその生存者グループが島の海岸線にたどり着きました。その後の出来事は、アボリジニにより難破船で島にたどり着いた人々が虐待され、平穏だった島を世界的に悪評高くする事になりました。(白人による説) そして結局、フレーザー島艦長と乗組員の墓を探しにやってきた探検家のアンドリューペイトリーがフレーザー島と呼んだ事から、以降フレーザー島と呼ばれるようになりました。
ノース・ストラドブローク島、モートン島、カルーラ・ビーチ(フレーザー島より南の東海岸線地域に所在)の砂の集積と同様にフレーザー島はグレート・デイヴァイディング山脈(南東QLDの内陸部)の岩が侵食された砂で形成されています。これらのミネラル分が多く含まれた砂は、NSWやQLD南部の川から海へと流れていきました。海流や波がこれらの沈澱物を徐々に海岸に沿って北へ動かしました。
この動きを"Longshore Transportation(長距離海岸輸送)"と言い、今日も続いています。北へ向かうこの砂の動きは、岬によってせき止められ、累積して砂浜を形成していきます。砂浜からの飛砂は、満潮時でも波の届かない所まで風によって吹き飛ばされ砂丘を造り始めます。植物の成長が砂丘を固定させ、砂丘から吹き飛ばされた砂を更に捕まえ、砂丘の高さを増していきます。
島の大量の砂は巨大なスポンジの役割をしています。多くの雨水が砂に浸透してドーム型の地下水面に蓄えられ ます。所々で大量の水が砂丘よりしみ出て、東海岸で見られる小川になっています。 また、水は湖や海へもしみ出ています。たくさんのフレッシュ・ウォーター(淡水)の湧き水が東海岸で見ることができます。フレーザー島には40を超える美しい湖があり、いくつかは水晶のように透明な湖で、他は赤みがかった色 あるいは茶色の湖で、フレーザー島ではこれら2つのタイプを見ることができます。
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